アメリカ歯科大研修紀行その8 京都市伏見区のいくま歯科医院 |歯医者の豆知識

京都市伏見区のいくま歯科医院歯科医師の小西です。

そんな診療の合間を縫って、英語発表の練習をするんですね。

ホストのライアン君に紹介してもらった、フレッドという学生がいたんですが。

 

彼はなんと伏見に住んでいたそうで、少し日本語が話せるんです。

フレッドと時間の調整をして、空き時間に僕の発表を見てもらって、予想される質疑応答の練習をしたり、発音の訂正を行ったりしていました。

正直あのタイミングで日本語を話せる伏見に縁のあるアメリカ人に出会えたことは奇跡的な事だったと思います。

彼はホストでもなんでもなかったのですが、ライアンの友達だったので結構時間を割いてくれました。

診療室にへばりついていて良かったと思うことですね。

ライアンの友達は沢山いて、インド系のリーナやフィリピン系のジェニファーなど沢山の学生の診療室を行き来していました。

中にはさすがに教授がつきっきりで教えている個室もありました。

 

診療の質は正直かなり個人差がありました。ライアンはそこそこ器用にやっていたと思います。

でも中には見ていてハラハラする学生もいました。

フリーに診療できるのはいいですが、最初はもう少し教える目があってもいいのかなと、今になると思いますね。

アメリカ歯科大研修紀行その7 京都市伏見区のいくま歯科医院 |歯医者の豆知識

京都市伏見区のいくま歯科医院歯科医師の小西です。

 

そんなわけで私は毎日おおよそホストのライアン君の診療室にいました。彼の診療補助をしながら、アメリカの歯科治療を体験していたんですね。

 

毎日いるとすこしずつ隣の診療室とか、別の病棟の先生とかも紹介してくれたりして、フットワークが軽くなってきます。

他のホストの診療室にもいったり、同じく病院にいる同行日本人学生のところにいったりと。

 

だんだん欲が出てきて、自分も診療したくなったりして。

上の先生に頼んでみたのですがやはりそれはダメでした。

図々しい日本人だと思われたと思いますが、旅の恥はかき捨てですよね。

 

外科病棟に居たある日、患者さんが悲鳴を上げていました。

笑気という、気持ちがリラックスできるガスを吸って抜歯を行っていたんですね。

それでも恐怖が治まらなかったのか、大声で死ぬだのなんだの叫んでいました。

その人は10数本の歯を抜歯されていましたね。

前回も書いたように、日本以外の国で歯を残す治療というのは非常に高価なんです。

残したくても経済的に残せない。

そんな人がたくさんいました。

とくに安価な学生診療に来られる患者さんなので、抜歯の患者さんは多かったですね。

 

 

 

 

アメリカ歯科大研修紀行その6 京都市伏見区のいくま歯科医院 |歯医者の豆知識

京都市伏見区のいくま歯科医院歯科医師の小西です。

アメリカでの学生診療でまず驚いたこと。

 

学生ですでに患者さんを受け持って診療をしているんですね。

学生二人で一つの個室診療室を1年間使います。

学生でお金をもらって診療をするということにも驚きましたが、完全に独立した診療室を与えられていることにも驚きました。

日本の歯科大ではかなりオープンなフロアのチェアで、孤立することはありません。

誰かが必ず見ています。

アメリカは個室で放置でしたねぇ。

あと、学生診療はかなり安いそうです。

それでも日本の歯科治療よりは高いですが。

その時聞いた大まかな値段です。

日本で1000円くらいで行っているプラスチックの詰め物ですが、アメリカでキャリアのあるドクターが行うと5万円くらいするそうです。

それが学生だと1万5千円程度とのことです。

あと、日本でいう神経の治療。

いわゆる根管治療は学生にはやらせないそうです。

根管治療は確かに日本では当たり前のように毎日やりますが、かなり難易度が高いです。

アメリカで根管治療をうけると、1根管10万円くらいかかるそうです。

正直歯が残るなら僕は高い金額だとは思いませんが、日本では考えにくい感覚ですよね。

 

 

アメリカ歯科大研修紀行その5 京都市伏見区のいくま歯科医院 |歯医者の豆知識

京都市伏見区のいくま歯科医院歯科医師の小西です。

とにかくアメリカのホストたちはおもてなし精神がすごいんですね。

まあ、私が彼らのノリについていっていたからエスカレートしていったのかもしれませんが・・・

確かついた日は現地時間の土曜日だったと思います。

トランジットのトラブルやら時差ボケやらでへとへとで、レセプションが終わって夜おそらく22時も回っていたと思います。

翌日は日曜日なので市内観光の日でした。

4年生のホストたちは解散となったあとにドライブに誘ってくるわけです。

車で音楽かけながら、おしゃべりして大笑いする外人たちに囲まれて、僕だけドライブに連れていかれました。

 

まあ、仲良くなるきっかけになってよかったのですが、これがすべての始まりでした。

日曜日の市内観光もそこそこに、月曜日からはいよいよ大学です。

まずはスクラブを学内の購買で購入。スクラブに着替え、オリエンテーションをききます。

基本的に2年生は授業と実習。4年生は診療という日々でした。

ある程度なれてきたら、希望の学生について好きなように朝から晩まで大学にいていいということでした。

最初は講義も実習も行ったのですが、講義は何言ってるかさっぱりわからず、実習も退屈だったので、私はほとんど4年生の診療につくことにしました。

アメリカ歯科大研修紀行その4 京都市伏見区のいくま歯科医院 |歯医者の豆知識

京都市伏見区のいくま歯科医院歯科医師の小西です。

トランジットトラブルは姉妹校の引率教授がバリバリの英語で解決してくれました。

完璧に英語を話せる方なので、よくわからないままに全て終わっていました。

未だによくわからないのですが、なぜか私はトランジット便でスーパーシートに座らせてもらったのを覚えています。

謎です。

サンアントニオについたのは現地時間の夜かなり深い時間だったと思います。

時差ボケもあるんだかないんだかわからないくらい、ついた時点で疲れていました。

現地での生活では、アメリカ人歯学部生2名が自分のお世話をしてくれます。

そもそもアメリカの歯学部は4年制度です。

日本と違うのは、一般大学を卒業していないと歯学部に入学できない事ですね。

現地学生の2年生、4年生の学生がひとりずつホスト役としてついてくれます。

日本の学生は10人なので、ホスト計20人。日米30人の歯学部生軍団で2週間を過ごすことになりました。

 

といっても毎日二人ともが付きっきりなわけではなく、どちらかが一緒ということです。

ホテルについて一息つく間もなく、ホストの4年生と顔合わせ。

簡単なレセプションと会食ののち解散になりました。

ここから、かつてなく疲れる2週間がはじまります。