アメリカ歯科大研修紀行その11 京都市伏見区のいくま歯科医院 |歯医者の豆知識

京都市伏見区のいくま歯科医院歯科医師の小西です。

日本人学生の英語力はいかほどだったかというと、うちの女子一人が昔ボストンに住んでいたらしく、すごくきれいに発音していました。

本人は謙遜してほとんど忘れて話せないなんて言ってましたが、実は彼女の英語力が一番高かったのではないかと今でも思っています。他は私も含めてみんな大体同じくらいでした。

ただ、男子が少なかったこと。もう一人の男子が割と内向的だったため、がむしゃらにコミュニケーション取り巻くって色々動き回っていた私が相対的に目立ってしまっていたことが起因して、出し物の司会をわたしとその女子でやることになりました。

てかしゃべりはほとんど私。

まさかアメリカでMCをすることになるとは思っていないわけで、いろいろ原稿を整えます。

ビンゴ大会の司会なのでそんなに大したことは無いのですが、こっちは必死です。

多少は盛り上げにぎやかしもいるでしょうし、まあ考えましたよね。

人間必死になると色々出るもんで、多少の笑いもとりつつ、相方のサポートにも助けられながらなんとか司会をつとめきりました。

度胸はつきますよね。なんだかんだで50人からいるパーティですから、日本でも緊張します。

今から思えば貴重な経験でした。

アメリカ歯科大研修紀行その10 京都市伏見区のいくま歯科医院 |歯医者の豆知識

京都市伏見区のいくま歯科医院歯科医師の小西です。

2週間の長篠の戦いの中でさすがに1日だけは夕食後すぐに寝る日を作りました。ちょっと体が限界だったので。

言い訳をすると、日本人10名の内私だけが4大をでているのでだいぶ年上なんです。

若さに勝る他の子たちは皆勤している子が多かったですね。

さて、ここまでアメリカ側の話ばかりしてきましたが少し日本側の話を。

私の母校朝日大学からの学生は私含め男性2名、女性3名の構成でした。

姉妹校明海大学からはなんと全てが女性で5名。

10人中8人が女性という布陣でした。

日本にいる時点では姉妹校の学生とは全く会わず、出発前日の成田で初顔合わせなんですね。

みんないい子ばかりで、今でもつながっているんですが、初めて会う時は緊張しましたね。

で、日本にいるときからわかっているスケジュールとして、フェアウェルパーティってのがあったわけです。

要はお別れ会です。

例年そこでは2週間の歓迎に対してこちらがお礼をするということで、パーティー内で出し物をすることが恒例となっていたんです。

日本にいるときも確か、おぼろげな記憶ですが連絡先だけは交換しておいて、概要だけは事前に多少のすり合わせは行っていたと思います。

しかし、細かいところは当然会ってからの相談になったんですね。

アメリカ歯科大研修紀行その9 京都市伏見区のいくま歯科医院 |歯医者の豆知識

京都市伏見区のいくま歯科医院歯科医師の小西です。

そんなわけで毎日6時台に起きて登校の準備をし、7

時台にホテルにバスが迎えに来る。

夕方まで診療室というのが生活のベースになりました。

これだけでも異国でやるとそれなりに疲れるのですが、若さとテンションと意欲がかなり肉体にブーストをかけてくれていました。

英語力も上げたいし、歯科の色んな事もみたいし、プレゼンのことも考えないとで、時間を無駄にすまいと積極的にコミュニケーションをとりながら生活していました。

そこで、アメリカのおもてなしの話に戻ります。

5時くらいまで大学にいたあと、必ず全員での外食と、おもてなしイベントがあるんですね。

食事までは研修プログラムの一環なのですが、仲良くなった子たちがその後もいろいろと遊びに連れて行ってくれるわけです。

ありがたくて楽しかったのですが、それはもう疲れました。

毎日日付が変わるくらいまでしゃべったり飲んだり、歌ったり踊ったりしているわけです。

そして翌朝はきちっと6時台に起床します。

しかも、です。

ホストは二人なので2交代制でおもてなしをしてくれます。

1日おきにばっちり充電してくるんですね。それに対して全てこちらは受けて立つわけです。

長篠の戦いですよ。

いや、楽しかったんですけどね。

本当に。

アメリカ歯科大研修紀行その8 京都市伏見区のいくま歯科医院 |歯医者の豆知識

京都市伏見区のいくま歯科医院歯科医師の小西です。

そんな診療の合間を縫って、英語発表の練習をするんですね。

ホストのライアン君に紹介してもらった、フレッドという学生がいたんですが。

 

彼はなんと伏見に住んでいたそうで、少し日本語が話せるんです。

フレッドと時間の調整をして、空き時間に僕の発表を見てもらって、予想される質疑応答の練習をしたり、発音の訂正を行ったりしていました。

正直あのタイミングで日本語を話せる伏見に縁のあるアメリカ人に出会えたことは奇跡的な事だったと思います。

彼はホストでもなんでもなかったのですが、ライアンの友達だったので結構時間を割いてくれました。

診療室にへばりついていて良かったと思うことですね。

ライアンの友達は沢山いて、インド系のリーナやフィリピン系のジェニファーなど沢山の学生の診療室を行き来していました。

中にはさすがに教授がつきっきりで教えている個室もありました。

 

診療の質は正直かなり個人差がありました。ライアンはそこそこ器用にやっていたと思います。

でも中には見ていてハラハラする学生もいました。

フリーに診療できるのはいいですが、最初はもう少し教える目があってもいいのかなと、今になると思いますね。

アメリカ歯科大研修紀行その7 京都市伏見区のいくま歯科医院 |歯医者の豆知識

京都市伏見区のいくま歯科医院歯科医師の小西です。

 

そんなわけで私は毎日おおよそホストのライアン君の診療室にいました。彼の診療補助をしながら、アメリカの歯科治療を体験していたんですね。

 

毎日いるとすこしずつ隣の診療室とか、別の病棟の先生とかも紹介してくれたりして、フットワークが軽くなってきます。

他のホストの診療室にもいったり、同じく病院にいる同行日本人学生のところにいったりと。

 

だんだん欲が出てきて、自分も診療したくなったりして。

上の先生に頼んでみたのですがやはりそれはダメでした。

図々しい日本人だと思われたと思いますが、旅の恥はかき捨てですよね。

 

外科病棟に居たある日、患者さんが悲鳴を上げていました。

笑気という、気持ちがリラックスできるガスを吸って抜歯を行っていたんですね。

それでも恐怖が治まらなかったのか、大声で死ぬだのなんだの叫んでいました。

その人は10数本の歯を抜歯されていましたね。

前回も書いたように、日本以外の国で歯を残す治療というのは非常に高価なんです。

残したくても経済的に残せない。

そんな人がたくさんいました。

とくに安価な学生診療に来られる患者さんなので、抜歯の患者さんは多かったですね。